ブルックスカレッジ

2017.02.27

インタビュー

ケニア人ランナーのサイラス・ジュイ選手に、日本で走る理由を聞いてみました。

ケニア人ランナーのサイラス・ジュイ選手に趣味や日本に来たきっかけを聞いてみました。

1月にブルックスと、契約したケニア人ランナーのサイラス・ジュイ選手(Cyrus Njui/1986年2月11日生/SEV SPORTS所属)。もっとサイラス・ジュイ選手のことを知りたいと思いインタビューを敢行しました。
ランナーとして結果を出していることはもとより、ケガをしないように独自のトレーニング方法があるというサイラス選手。幼少期を過ごしたケニアのこと、来日してからの苦労話、日本の好きなところといった話から、ケニアと日本の違いや市民ランナーに向けた走り方やシューズの選び方など、”日本通”ならではの視点で話を伺いました。

サイラス・ジュイ選手のプロフィール

1986年2月11日生まれ。ケニア出身。高校時代から日本を拠点に活動をしており日本語も堪能、さらに日本人ランナーの走りの特徴や文化についても精通しているプロのマラソンランナーです。走ることが大好きで、ランニングを“人生の幸せ”と語り、まさにブルックスのブランドコンセプトである“ランハッピー”を体現しているアスリートです。


シリーズ全4回の第1回目のインタビューになります。

好きなタレントは松本人志!

−冒頭から何ですけど(笑)、ケニアの人にずっと聞きたかった質問があるんです。ケニア人ってみんな足が速いんですか?


あはは(笑)。ケニアの中でも特に足が速い人が集まる地域というのがいくつかあって、僕はその一つでもあるケニア中部の出身。でも、足が遅い人だっているんだよ(笑)。ケニアで一番人気のスポーツはランニングでね、でも、ラグビーとクリケットも盛んです。日本で人気のサッカーは弱いからあまり人気がないかなぁ。



—職業はランナーですよね。やっぱり普段から走っているんですか? 逆にそういう”プロ”の人って走っていない時って何をしているんですか?


僕は仕事が走ることだから、いつも走っています。でも、毎日じゃないよ。休足日もあるし、走る以外のトレーニングもしています。こうしたインタビューもこなすし、走らない時は体のメンテナンスに力を注いでいるかな。 日本のお笑い番組が好きで、特にダウンタウンのまっちゃん(松本人志)が好きです。



—日本のお笑い番組は面白いですか?


日本語の勉強のために見始めたんだけど、まっちゃんは面白い。天才ですよね! 他にEテレとか、ビジネス番組も好きなので「ガイアの夜明け」もよく見ますよ。



8歳で決断した日本行き

—15歳で来日するまでケニアではどんな生活だったんですか? 例えば学校までの距離とか、毎日走っていたんですか?


小さい頃、家から学校まで往復10kmくらいあったんだけど、最初は全部走っちゃダメ! と教えてもらったんだ。走力が出来ていないからケガをするというのがその理由。ケニアでケガしても近くに病院がないから大変なんです。今考えると、成長にあわせてその時の能力に応じた走りがあるんだと言うことを体験的に学んでいたんですね。



—ケニアの人は、毎日走っているから強いんだと思っていました。違ったんですね! そういうことは自然と教わるんですか?


そうです。兄弟だったり、近所のお兄ちゃんだったり、周囲に良きお手本とノウハウがあって、身体ができていない小さい時は無理に走らせるようなことはしませんでした。通学には時間かかっちゃいますけどね!(笑) 逆に、毎日走るって日本に来て初めて経験したので、すごく驚きました。



—毎日走っちゃダメなんですか?


あまりオススメしません。理由はいろいろあって、練習環境や体への負担とか、年齢やキャリアによって練習量や質を変えていく必要があるんだけど、それを無視して毎日走ったらケガしちゃいますよ!(詳細は第二回以降へ)



−憧れの選手(ヒーロー)は、2003年に人類で初めて2時間5分の壁を破った同郷のポール・デルガドだと聞きました。どうして日本に来ることになったのですか?


もっと強くなりたいから。良い練習環境の場として日本行きを決意しました。それは8歳の時でしたね。



—決断が早いですね!


同郷の先輩たちで日本に行った人からいろいろ話を聞いていたので、早いという意識はなかったかなぁ。ケニアで1番になると日本に行くことが出来る、そういうプログラムというか、体制ができていたんです。絶対1番になるんだ!と一生懸命練習して、5,000mのタイムトライアルで3回優勝して日本行の切符を手にすることが出来たんだ。



なぜ日本に残ったのか?

—日本での暮らしについて教えて欲しいのですが、焼肉屋さんに行っても焦げるくらいまでしっかり焼かないと口に入れないそうですね?


生モノが苦手で、刺身や寿司はちょっと….(苦笑)。だから肉もちゃんと火を通さないと厳しいです。



—好きな食べ物は?


好きな食べ物はチャーハンとウガリ。ウガリはとうもろこしの粉を使ったお餅みたいなケニア料理です。僕は料理が好きで、調理道具がたくさん置いてある近所の「ニトリ」に行くのが好きなんです。普段はケニア料理と日本食が半々かな。



−普段は何語で会話しているんですか?


日本人とは日本語です。英語が出来る人とは英語です。ケニアの公用語は英語とスワヒリ語の両方なので家族とは英語やスワヒリ語。英語が出来る日本人とは、ルー語みたいな変な言葉遣いになっているかも(笑)。



—30歳を超え、人生の中で日本暮らしの方が長くなりましたけど、どうしてケニアに帰らず日本に残ることにしたんですか? もしかして、彼女がいたから!とかだったり?(笑)


確かに、いた(笑)。それもあるけど、練習環境がいい、治安がいいということが大きな理由かな。それと、高校時代にホームシックになった時に支えになった父親の手紙があるんだけど「ケニアに帰ってきてもお前の住む場所はない。自分の道は自分で切り開け」というような励ましを何度ももらったんだ。父の言葉があって、日本でしっかり頑張るんだという決意を持ち続けられたんだと思います。



あとがき

松本人志のお笑いを愛する日本通のサイラス選手。15歳までのケニア時代よりも日本暮らしが長くなってしまった彼の少年期と今を聞くだけでもたくさんの苦労があったことを想像させてくれます。

〜次回予告
自己ベストを更新できるかも!サイラス・ジュイ選手にケニア流の練習法を聞いてみました。




(インタビュアー:山田 洋)



山田 洋

スポーツジャーナリスト

アスリートだけでなく経営者など幅広いインタビューを数多くこなす。また、ロードからトレイル、ウルトラも走る市民ランナーでもある。

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