BROOKS STANDARD vol.1 DJ MAAR

STORY編

スタンダードの原点には、常に新しいインスピレーションと揺るがないマインドが存在する。
ランニングシューズのスタンダードを創ったBROOKS(ブルックス)が選ぶ“時代を切り拓くひと”。枠におさまらず自ら道を切り拓き、新たなスタンダードを生み出す彼らにとっての“走る”とは。
本企画ではそれぞれの走ることとの関係性を深掘りながら、BROOKSのシューズの魅力を体感してもらう。第一弾となる今回は、『DEXPISTOLS』や『Fake Eyes Production』などでの活動を通して、日本のみならず世界のクラブシーンに風穴を開けた、DJ MAARにフォーカス。これまでの音楽活動や、走ることについて話を聞いた。

DJ MAAR

DJ/リミキサー/プロデューサー。16歳でHouse DJとしてキャリアをスタートし、若干18歳にして当時の伝説的ナイトクラブ・芝浦GOLDでプレイした経験を持つ。その後も海外を含む数々のクラブでキャリアを積み、2015年1月までDJ DARUMAとともにDEXPISTOLSとして活動。ダンスミュージック界に新たなムーブメントを巻き起こし、アジアを中心に世界へと名を馳せた。現在はShigeoJDとともにFake Eyes Productionとして活動中で、数々の大型フェスにも出演を果たしている。

初期衝動のままに挑戦をかさね、前進し続ける / DJ MAAR

自由を求めることは、挑戦を重ねることだ。初期衝動のままにためらいなく動き出し、ときには不完全さをも強みに進む。みずからが惹かれるほうへと前進し続け、日本、そして世界のクラブシーンを切り拓いてきたDJ MAAR。そんな彼にとってのこれまでの道のりや、密接に関わる身体との向き合い方に迫る。

─ ─ DJとしての活動を始めたきっかけを教えてください。

初めて行ったクラブが芝浦GOLDで、そこで目にした光景が衝撃的だった。聴いたこともない音楽がかかっていて、見たこともない格好いい服を着ているひとたちがいて、びっくりするくらいきれいな女のひともいて……。当時はミックスとかも知らなかったので、「この曲すげえ長いし、歌も入ってこないな」とか思ってましたね(笑)。

それで、フロアのなかに明るい場所を見つけたので覗いてみると、レコードを触っているひとがいたんです。つまり、それがDJブースだった。そのとき、「この空間をつかさどっているのはこのひとなんだ。俺もなりたい」って思って、すぐにターンテーブルを買いにいきました。クラブの“空間”に惹かれて、DJを目指すようになったわけです。

─ ─ 18歳にして芝浦GOLDでプレイすることになったのはどういう経緯だったのでしょうか。

「面白い若いやつがいるから」ということで、俺のことを認めてくれていたひとが声をかけてくれました。史上最年少だったのもあって、先輩たちからキツい態度をとられたりもしたけど……根拠のない自信をもとに、どうにかはねのけてましたね。

その後、一時期イギリスでDJをしてから、新木場ageHaのレジデントDJになって。20代後半のころ、『DEXPISTOLS』の活動も始めました。当時、クラブの閉鎖的な雰囲気があまり好きじゃなくて、もっと自由度の高いことをやりたいと思っていたんです。それに、アングラ文化の背景には迫害の歴史なんかがあるけど、日本で安全に生きてきた自分が、本当の意味で理解することは難しい。だから、俺は俺で等身大のことを気張らずにやりたいっていうのがありました。DEXでの活動を通してそのあたりのことはできたし、概念も変えられたんじゃないかと思います。種は残したから、あとは若いやつらに広げていってほしいですね。画一的にならずに、自由にかきまわしてもらいたい。

─ ─ 現在はFake Eyes Productionとして、どのような想いのもと活動されていますか。

もう、「楽しけりゃいい」っていう感覚だけですね。それでも海外のひとたちが評価してくれたりするし、なんでも面白くやるのが一番だと思います。ちょっと醜い部分も含めてオリジナルのはずだから、ためらわず、初期衝動のままに。うまくやる必要も一切ない。面白いことを続けるために、今後も常に挑戦していく必要があると思ってます。知らないことはどんどん知りたいし、いろんなひとに会いたいですね。 2017年の4月からは、もともと愛用していた音響系ケーブルの会社で働いているんです。というのも、正直昔はサラリーマンを見くびってたことがあって……あるとき、「自分が体験したこともないのに何がわかるのか」って、ふと考えたんですよ。俺なんにも知らないじゃんって。それに40歳過ぎて、今いる世界でこのままお山の大将みたいなおっさんになったら嫌だと思って、就職させてもらいました。まだまだ修行の身だけど、せっかくだから日本で一番かっこいいサラリーマンを目指したいですね(笑)。

─ ─ よく走られているイメージがあるのですが、MAARさんが走り始めたきっかけはどんなことだったのですか。

もともと運動が大好きで、小中高と、ずっとバスケ部でした。だから、20代のころから自然と、体力づくりのために走ってましたね。でも、本格的に走るようになったきっかけは、ジョニオくん(ファッションデザイナーの高橋盾氏)からホノルルマラソンに誘われたこと。結局、DJが忙しくて大会には参加できなかったけど、それからはタイムも意識するようになりました。何年か前までは、20キロを5:30/1kmくらいのペースでストイックに週3回走ったりもしてましたが、今はヒザが痛くなるので、長くて10キロくらいですね。

ここ最近、ジムで走ることも多くなっていて、傾斜をつけたトレッドミルで心拍数を見ながら、30分間死ぬほど走ってます。世の中にはこんなにつらいもんがあるのか……っていうくらい大変ですけど(笑)。今は、ジムで走るのは身体を鍛えるため、街を走るのは気分転換のため、という感じで使い分けてます。

─ ─ 相当ハードなトレーニングをされているんですね(笑)。ジムと街、それぞれのランの楽しさはどんなところなのでしょうか。

ジムで走るのは、やっぱり身体を鍛えられるっていう感覚が好きですね。限界ギリギリまで走れるし、顔を見られることもないから、必死の形相でおかしな顔になっても大丈夫(笑)。自分だけでは鍛えられないようなところもトレーニングできて、バランスの良い身体を自分で調整しながら作れますし。

外を走る場合は、景色が移り変わっていくのがいいですよね。ロケーションがいいと、ついつい長く走ってしまいます。あとは、走り終えてシャワーを浴びたあと、ベランダで酒を飲むのが本当に至福です。風がめちゃくちゃ気持ちいいんですよ。ちょっとしたことでも、こんなに最高の気分を味わえるんだって、気づかされます。

─ ─ 身体を動かすことで、音楽活動に変化はありましたか。

もちろんありました。やっぱり、身体を動かさないで頭だけ動かしていると、思考が停止するんです。どんどんマイナスな考えになって、音楽のことも正しい判断ができなくなるし、精神的にくたびれてしまう。走ったら頭のなかがクリアになって、いろんな迷いがなくなるんですよ。

運動中って、じつはめちゃくちゃ頭を使っていて。正しいフォームで走らないとケガするし、正しいペースで走らないと倒れるし……いろんなことを無意識に測るため、脳が活性化するんです。だから、頭の回転が速くなってすっきりする。わずかな気持ちの変化にも敏感になるし、その感覚が気持ちいいんですよね。


後半では、DJ MAARが体感するBROOKSのランニングシューズについて、詳しく語ってもらいます。